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匠の会で家を建てた村田兆治さんのインタビュー


家は一番くつろげる場所 村田兆治(野球評論家)

元ロッテの強腕投手で、現役時代「サンデー兆治」というニックネームで多くのファンを魅了した村田兆治さん。大きく振りかぶる豪快なピッチング・マサカリ投法を編み出し、23年間で215勝をあげたほか、最優秀防御率をはじめ、数々のタイトルを獲得しています。また、2005年には最年少で殿堂入りを果たすなど、野球人としての功績は多くの人に称賛されています。現在は、野球評論家として活躍する一方、日本全国の離島を訪れ、野球教室を通じて少年少女たちに夢と希望を与える活動を行い、島起こしに一役かっています。215勝と同じだけの島を回り、将来は離島甲子園を開くことが夢という村田さん。離島めぐりをライフワークに“人生先発完投”を歩き続ける村田さんに、人生のベースともいうべき「家」についての思い、そして「住むこと・暮らすこと」についてお話をうかがいました。


Q:講演や離島の野球教室などで、泊まりがけの出張や遠征も多く、外泊する機会も多いと思いますが、村田さんにとって住むこと、暮らすこととはどのような意味を持っているのでしょうか。また、良い家、暮らしやすい家とはどのようにお考えですか。

A:ずっと野球をやってきて、現役時代は収入や状況に合わせて、住むところもマンションから戸建てへと変わってきましたが、家族ができてからは、やはり家は一家団欒の中心になりました。食堂、リビング、寝室、そして風呂場など、一つ一つが自分や家族にとって使いやすく、心地良いものが一番だと思います。食堂は食べるところですが、健康を考える場所でもあり、一家団欒の中心的存在。お風呂は、勝負の世界から自分自身に戻ってリフレッシュできるところ、寝室は疲れをとり、ゆっくり睡眠がとれる場所なので、防音にも気をつけたり……、というようにそれぞれの場所が役割を持ちながら、集合している。家はまるで家族そのものだと思いますね。
子どもたちも大きくなり、結婚して家を出ていくようになった今、これからは夫婦二人でどう暮らしていくかを考えなければならないのでしょうね。年を取ってくれば、家の中もバリアフリーにするなど、住みやすさ、動きさすさを考えた造りにリフォームしていかなくてはならないと思います。家は、ライフスタイルに合わせて変えていくことができれば、快適に過ごせるのではないでしょうか。

Q:村田さんが我が家を建てる際に参考にされたこと、例えば、建設会社や工務店などを選ばれる基準とはどのようなことでしょうか。また、建てるときに考慮するポイントはどのような点でしょうか。

A:最初に一軒家を建てたときは、大手の不動産会社にお願いしました。十数年前、建て替えを考えたとき、知人から匠の会に入っている工務店を紹介されました。現場の人にも会って話してみましたが、自分の技術に誇りを持ち、日々勉強している人たちでした。とてもしっかりした考え方と家造りに対する信念が感じられましたので、「ここなら安心して任せられる」と思い、お願いしたのですが、希望したとおりに出来上がって満足です。匠の会は、昔からの家造りの知恵や情報をたくさん持っていて、どんな小さな質問や疑問にも応えてくれます。そんな些細なことも、信頼性と安心感を感じられる点なのだと思っています。大事な我が家をお願いするのですから、相手と十分なコミュニケーションが取れることも重要なポイントになりますね。
また、しっかりした基礎・基盤を造り、その上に設計図を書いて、コーディネーターや工務店と話し合いながら材料を選び、自分の希望に添った形で相談しながら進めていくこと、細かい点も嫌がらずに聞いてくれること、なども安心できる、依頼できるポイントではないでしょうか。こことなら最後まで付き合っていけると思えること、それが重要なことです。

Q:実際に出来上がった家に住まわれて、良かった点、また、こうすれば良かったといったことはありますか。

A:何事においても自己管理やケアが必要だと思いますが、家も長年住んでいれば、人間と同様にあちこちが傷んできます。ですから、その都度ケアをしていくことが大切でしょう。家の土台・基礎は人間でいえば健康な体です。基礎がしっかりしていれば応用もも効き、メンテナンスも面倒ではありません。匠の会の工務店の方々は、技術もしっかりしており、常に技術研究を行い、研鑽しています。そんな方たちに造っていただいた家ですから、安心して住むことができます。自分の居場所は自分で楽しむもの……、だから、飽きのこない家であって欲しいと思います。

Q:村田さんにとって家とは生きるためのベースであり、仕事への活力を養い、自己実現のためのホームグラウンドなのですね。最後に、ご自身のライフワークについて、また、家造りに対するご意見やご希望などがありましたら、お聞かせください。

A:私は頻繁に日本中を回っていますが、どんな辺境の地へ行っても、都会と同じような家が建っていて驚きます。昔から、その土地にはそれぞれの文化があり、家も風土や環境に合わせて建てられていたと思うのですが、今はみんな同じ建物です。昔の家が全て良く、住みやすいとは思いませんが、文化や風習を大切にする心も残しておいて欲しいと思います。世界に比べて日本の住宅政策は遅れていて、余裕を持って建てることができないのも事実ですが、それにしても個性的な家が少ないように思います。人々がみな平等主義を望んでいるのかもしれませんが、値段は少し高くても、利便性だとか、付加価値のある家ができてきて欲しいですね。
野球でも、どんな仕事でも同じですが、競い合って、切磋琢磨して良いものを作り上げていくことは大事なことです。みんなと同じでいい、人の真似をしていればいい、というのではなく、どうしたらもっと良いものができるか、自分自身や仲間と考え、実践していくべきではないでしょうか。これは家造りにも同じことが言えると思います。匠の会は、良いものを長く提供するために競い合って技術を磨いていることが誇りであると聞いていますが、それが家造りに対する信条であり、本当の仕事をするということです。
これからも私は日本各地を回りながら、子どもたちが夢と希望を持って、立派な大人になり、地域や社会に貢献するためのお手伝いをしていこうと思っています。人生にはこれでいい、ということはありません。今、自分がいるところから、半歩先、一歩先に進むことが、生きていくことだと考えています。


(プロフィール)
むらたちょうじ 1949年広島県生まれ。福山電波工業高校(現・近畿大学附属福山工業高校)から、東京オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)に入団。独自のマサカリ投法を生み出す。1982年、右肘を痛めて戦列を離れ、渡米して日本人選手として初めて手術を受ける。1985年、奇跡的な復帰を果たし、17勝をあげる。現在は野球評論家として活躍するかたわら、日本全国の離島を訪問し、野球教室などを通して島民と触れ合い、島起こしに一役かっている。1995年から3年間、福岡ダイエーホークスの投手コーチを務める。著書に『剛球直言』『右腕の傷あと』『村田兆治の直球人生』『先発完投わが人生』などがある。


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